小説「小江戸のお栄 第五話」森下の仕事部屋

歴史小説「小江戸のお栄」

 北斎が新たに弟子を募集を開始した初日、朝餉を済ませたお栄は森下近くの長屋の玄関近くに「でーん」と紙を広げて、朝早く(6時頃)まだ薄暗いなか絵の練習に励んでいた。

江戸百景「森下」

北斎は前日の深酒が過ぎ、二日酔いのため、仕事場の奥で布団に臥せっていた。

7時頃辺りが明るくなってきた頃、善太と名乗る若者が、北斎の仕事部屋の扉を丁寧に開けた。

「わたくし、駒込より参りました寺の倅で、善太と申します。北斎先生の弟子にさせて頂きたく、ご挨拶にあがりました。これはお粗末ですがお召し上がりください。」と饅頭を差し出した。

お栄が絵を描く傍ら、玄関先で応対した。

「おやじどのは、飲みすぎで奥に臥せっておる。弟子に成りたければ、この紙に好きな絵を、2・3点書いて腕前を見せよ。」「栄とおやじどのが許せば、弟子入り合格じゃ。」

と一枚のまっさらな和紙を善太に渡した。善太は持ってきた道具箱を取り出し、絵の制作に取り掛かった。

善太はさらさらと筆を走らせ、30分ほどで、役者画と、松の風景画を書き上げ、お栄に渡した。

「わしは役者絵は好かぬが、良く描けておる。ひとまず合格じゃ。おやじどのーー。善太さんの絵はどうかのーー?」

善太の絵と饅頭を北斎の元に持っていくと、北斎派饅頭をほおばりながら、

「基本は出来ておるな。合格じゃ。」と即座に返答した。

「先生有難うございます。」善太が深々と頭を下げると、「栄が一番弟子なので、善太は二番弟子じゃ。よかったの。」お栄が声を上げた。

「さすがは北斎先生!ご才女も弟子になさるのですねぇ。」善太が声を上げながら、お栄が描いている絵をチラと見た。お栄の線が稚拙に見えたため。これは一番弟子に成るのはた易そうだ。と内心ほくそえんだ。

「何いってんだ、お栄!俺は認めておらんぞー」と布団の中から北斎が声を上げた。

「お前は、まだ仮仮免だ。」ということで、自称一番弟子、お栄、二番弟子は、善太となった。

直後、体格の良い若者が息を切らして扉を開けた。

「拙者、八丁堀同心の倅で、鉄太郎と申します。北斎先生の弟子になりたく参上しました。」とゼイゼイ息を切らしながら、挨拶した。善太と同様、熱心な手つきで「武者絵」と「美人画の大首絵」を描き上げた。

「うーん。ちと力みが過ぎるが、武者絵はこれくらい線が太い方がいい。」という北斎の判定により、鉄太郎が三番弟子となった。

お栄、善太、鉄太郎は、めいめいに好きな絵を描きい始め、昼時になったので、饅頭とたくわんを昼飯に食べた。

昼を過ぎたころ、「ごめんくださーい」と女性のようなか細い声で、細面な男が挨拶した。

六助という、小間物屋の六男坊が、弟子になりたいと、反物の切れ端をお土産に差し出した。

女ども(北斎の嫁とお栄)は淡い色の花柄の反物に目が釘付けとなった。

六助は女のような細い腕でさらさらと「美人画」、「花鳥画」を描き上げた。

北斎は花鳥画を観て「こりゃー。本格的だ。気に入った。」といい、四番弟子となった。

男弟子三人は、互いの絵や力量を批評したり、身の上話をしたり時間をつぶしていた。

日が暮れそうになった頃、北斎がようやく起き出し、

「今日は三人も良い弟子が取れた。俺も二日酔いが抜けて、やる気が出てきたぜ。明日辰ノ刻(朝9時頃)から仕事開始なんで、皆遅れるなよ。」

と挨拶し、初日はお開きとなった。。

皆が帰り支度を始めたところ・・・・・

「遅くなりましたーー!」

と山坊主のような風体の男が大根10本を背負って、締まりかかった扉を開けた。

「わたくし練馬の百姓の倅で、八兵衛と申します。弟子にしてください!」

と武州なまりのある声で、元気よく頭を下げた。

「今日はもう遅いから、明日の辰ノ刻(朝9時頃)に腕前を見せに集まんな!」と北斎が言って解散した。

皆大根を2、3本土産に持ち帰り、初日はお開きとなった。

練馬大根

後日談

 八兵衛は、裏表のない性格と絵が好きであることが北斎に気に入られ合格となった。募集後1週間ほどで、計20人程も志願者が集まり、お栄(仮免)を含め、7人の弟子が合格した。合格率30%のまずまず狭い門を潜り抜けた7名が初の北斎一門となった。

つづく<作者鋭意執筆中>

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