小説「小江戸のお栄」第二話 看板騒動

歴史小説「小江戸のお栄」

お栄は、病気することもなく、紙くずで散らかる北斎の長屋で、すくすくと育った。

紙くずの山に、顔を突っ込んだり、絵皿に残った色鮮やかな顔料をこねくり回したりして遊んでいた。

印刷屋に納める大事な絵を汚さないよう、北斎は見習いの辰治に厳しく言いつけた。「これがミスったら、お前の給金半額にするからな!」「師匠〜、ただてさえ、給金が安くてこちとらカツカツなんですから、勘弁して下さいよ~」と辰治がボヤいた。

 この頃、北斎家には金が無かった。あるにはあったが、見込みのある次男「多吉郎」の寺子屋代や、お武家の養子になる為の付届け(賄賂)で、銭が飛ぶように消えて行ったのだ。

 北斎は10代で門を叩いた勝川春章師匠が亡くなり、勝川春好が跡を継いだばかりであった。勝川派の勝川春朗の名前は残しつつも、まだまだ他の絵の技術を取り入れようと、狩野派や、南蘋派(中国の写実的画法)に足を運ぶようになっていた。

狩野派の画南蘋派の画

そんな売出し中の北斎「勝川春朗」に、絵草紙屋の看板の染付けの依頼が急遽舞い込んだ。

渡りに舟と引き受けた北斎であったが、誰も見たことの無い顔料、染料を使って江戸中があっと驚く看板を作ってやろうと意気込んだ。

驚きの看板「3D」

北斎は、明後日の納品に間に合うよう、看板の下絵の制作に取り掛かった。

お栄は相変わらず横をうろうろしていたが、この時ばかりは辰治の背の上に乗せて、下絵の邪魔をしないよう、辰治に厳しく言いつけた。お栄はいい馬ができたとばかりに、乗馬に熱心となり、北斎の邪魔をするものはいなくなった。

そして、納期の6時間ほど前に、見事な下絵が出来上がり、北斎もホッと一息を付いた。「やれやれ。いいのが書けたぜ。日本橋の奴らもこれでおったまげるに違いねぇ。」

 その北斎の背後に、辰治に乗ったお栄が猛烈な勢いで向かっていった。

辰治はなんとか踏みとどまったが、はしゃいだお栄が、辰治の背中から勢いよくジャンプした。

「・・・・・・・・・・・」

1秒ほどの時間、北斎と辰治とお栄の時間がスローモーションのように流れた。

思い切り辰治の背を飛び跳ねたお栄が、染料の乾ききっていない下絵の上に両足で「ドン」と着地した。

下絵は、お栄の足型でしわしわとなり、お栄の紅い足型が絵の左下に、花押のように残された。

「お栄ーー!!」「辰治ーーーーー!!!」北斎がブチ切れた。

時間はあと三刻(6時間)しかなかった。

辰治が走って日本橋に届けても5時間が絵を仕上げるためのタイムリミットであった。

「じたばたしても、仕方ねぇ。やってみるか。。」

北斎は躊躇がなかった。

左側にしわしわになった、お栄の足型の画を押さえ、右に新しい和紙をおもむろに置き、

カッと目を見開いたかと思うと、猛烈な勢いで、左の画を模写し始めた。

左の画を北斎の現在の感性の赴くまま、筆を乗せ、右の紙に思い切り墨を走らせた。勝川派と狩野派と南蘋派を融合した、何とも言えない勢いと細やかさを兼ね備えた絵が、猛烈な勢いで仕上がっていく。

辰治とお栄は手品でも見るような目で眺めるしかなかった。

北斎も調子に乗りに乗り、筆に勢いがつき過ぎた。

勢い余って人形の中心線と体の軸がわずかにずれてしまった。

ま、これも勢いがあると言えば悪くはないか!?

と瞬間思ったが、「書き直している時間はねぇ!」

と我に返り、30分程で見事な下絵を書き上げた。

今まで見とれていた辰治だが、今度は彩色をする番に回った。

「辰治! ここを朱に!、ここを紅に、ここを藍に、いや紺に、、色合いは、濃淡を上から下に、、、」

と北斎が細かく指示を出し辰治が彩色に取り掛かった。

お栄は北斎の膝の上で、飴を口にほうばらせて、がっちりホールドされた。

辰治も必死だった。お栄の子守りが疎かになったために、この絵を先生の気に入るレベルであと二刻(4時間)で仕上げないと、この2日間の給金はパーである。

女と所帯を持とうとしていた辰治も時間と金に追い込まれ、またゾーンに入った。

辰治は北斎ほどの色の感性と彩色の技術はないものの、彩色職人として確かな腕を持っていた。

その辰治に時間と金のプレッシャーが掛けられたため、本来の力以上を発揮した。

4時間半もの間、顔と絵の一寸ほどに近付けたまま筆と格闘した。精も根も使い切り、辰治としては会心の絵に仕上がった。

「師匠 できました!」辰治が絵を持って立ち上がった。腰と足と眼が岩のようにガチガチになっていることにこの時ようやく気が付いた。

「ほーっ。やるじゃねえか。辰治」北斎はしばらく眺めていたが、濃いめの朱で、隈取りを3本だけスッと入た。絵の立体感がグッと増し、北斎渾身の一作が完成した。

納品の半刻(1時間)前のことであった。

「よし!これを持って日本橋の絵草紙屋の番頭に持っていきな!」北斎の声が飛んだ。辰治は丁重に風呂敷に包むと急いで両国橋を渡って行った。

 半月後

 日本橋では、北斎(勝川春朗)の見事な看板が、評判となり、わざわざ遠くから見学に来るものまで現れた。

「全く見事な看板だねぇ。ありゃ誰が描いたのかい??」

飾り看板 for 宣伝用

「どうやら勝川春朗(北斎)ってひとらしいぜ。絵から人が飛び出てきそうじゃねぇか。」

「さすがは、勝川派だねぇ。歌川豊国が最近人気だが、勝川派も春章師匠が亡くなって心配したが、当面安泰だ。。」

と噂が噂を呼んだ。

江戸の人々の噂が、春章師匠の跡を継いだ、勝川春好の耳に届いた。

「春朗の野郎やるじゃねぇか。どれどれ。日本橋まで買い物ついでに、覗いて観るか、、」と日本橋へ向かった。

「なんだ。この人だかりは。あの看板目当てってやつかい。どれご拝聴といくか。。」

「ふーん。確かに見事な絵だが、絵の軸が狂っちまっているじゃねぇか!春章師匠に見せたらおかんむりになるに違いねぇ。世間の目はごまかせても、俺の目はごまかせないぜ!春朗!」

だんだんとむかっ腹が立ってきて、しかも勝川派と狩野派のいいとこどりをした絵になっていることにも気付き、春好の怒りのボルテージは、90度の熱湯に達していた。

一方、北斎一家でも、北斎と、多吉郎(次男)とお栄(on北斎の肩車)が看板を観に日本橋まで見学に来ていた。

初めての日本橋でお栄は豪華なつくり着物問屋や、美しく着飾った町娘のかんざしの見事さに首をキョロキョロさせていた。

絵草紙屋の看板の前で、春好と北斎(春朗)一家はばったり、出くわした。

気が立っていた春好だったが、グッと怒りを堪えた。

「春朗。見事な看板を描いたってことで、はるばる見学に来たが、大した出来じゃねぇーか。」と、一見穏やかな口調で切り出した。

「春好師匠。遠くまで足をお運び頂いてご苦労様でございます。これは、絵草紙屋に頼まれて、渋々やった仕事なんでございますよ。。」と北斎が挨拶した。

「しかし、ちーとばかし、体の軸が右に流れちまってんじゃねーか。春朗も腕が落ちたんじゃねーか?」と春好がやんわり啖呵を切った。

 北斎もあの一点はしくじりがあったと内心悔やんでおり、図星を付かれ、一瞬イラッとした。

「春章師匠も春朗(北斎)を甘やかしたもんだから、あんな線のぶれた、どこの流派かもわからないような奇天烈な絵を描いて、俺に黙って小遣い稼ぎをしやがるってぃいうのか!春朗!!」

春好の怒りはレッドゾーンに達した。

江戸の喧嘩のイメージ

「えーえー。私もこんな形無しの看板など、勝ち割ってしまおうと日本橋くんだりまで来たんですよ。」

北斎も啖呵を切った。

「多吉郎!お栄!そこの看板をこっちに持ってきな。俺が叩き割ってやるからよ!」

多吉郎は、お栄を肩車し、軒下につるした看板を大事そうに降ろした。

 怒りが収まらない北斎は、「ばーーん」と看板を足で踏み壊した。

「兄さん。これで気が済みましたか?」

「春朗。おめえは、たった今から破門だ。俺の目の黒いうちは、勝川派の敷居を跨ぐんじゃねぇ!」

こうして、お栄のお馬ジャンプが原因で、北斎は勝川派を破門された。

北斎とお栄の運命は如何に!

つづく

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